古銭の拓本 採り方について
                                          (入門編)
                                            
 デジタル全盛の昨今、Web上では古銭の美しい写真を豊富に見る事ができますが、古くから行なわれてきた古銭の記録方法は拓本です。拓本には写真と異なった美しさがあり、また、拓本を採る事によって、字の微妙な凹凸や字起ち具合、陰起など、写真では表現されにくい情報が判り、これを身をもって体験することができます。これらの情報は、贋物を掴まないためには極めて重要なポイントです。また、北宋符合銭の分類では、髪の毛一本と言われる僅かな書体昂降や仰俯を判定する必要があり、拓本を採る事で判断材料ができます。
 拓本を採ってみたいが、良く判らない、という方も少なからずおられ、拓本用紙をお譲りした方から、何回か質問を頂いた事もありました。そこで、古銭の拓本を始めてみたい!という方の参考となるよう、拓本の採り方について我流をまとめてみました。以下のやり方は決してベストなやり方ではなく、私自身、拓採りが下手な人間ですから、取り掛かりにおける参考とされて下さい。
 拓本の採り方は人それぞれですから、本稿に掲載の方法に囚われることなく、各位にて技を磨かれ、古銭の拓本をお楽しみ頂ければ幸いです。

@ 用具の入手
 石碑を含めた拓本は、湿拓と乾拓に分かれますが、古銭の拓本は、通常は湿拓で行ないます。拓本用具としては、次の品物を準備します。
 採拓用タンポ
 写真で見ると大きいですが、写っている5円玉から判るように、実際は3cmほどです。 

押し用タンポ
 後で説明しますが、拓本用紙を水で湿らせた後、ちり紙を使って水分を抜く際に、押し用タンポがあると便利です。写真左に写っているのがそれで、真綿を布で包み、糸でしばった自作品で、大きめに作ってあります。右に見えているタンポは、私が普段使用している採拓用タンポで、これも大きめに作ってあります。

 拓本用紙と拓本用墨
 拓本用紙は、薄手の中国製画仙紙(宣紙)を裁断して用います。古銭の拓本では、薄手のものが好まれます。書道用品店で探してみても良いですが、薄手の良い紙を探すのは容易ではありません。中国の薄い画仙紙が手に入らなければ、日本製の薄い画仙紙も使用できる可能性があります。しかしいくら薄手であっても、日本の和紙は使用できません。雁皮紙などは一見すると薄くてとても良さそうなのですが、うまくいきません。和紙はコシが強すぎて、古銭の拓本に向きません。中国の画仙紙が拓本に最適な紙です。日本の和紙と中国画仙紙は、見た目が似ていても全く性質が異なっています。
 拓本用紙は、横浜古泉研究会さん、西日暮里隆平堂さん(2019年逝去)の隣から2011年元旦に東京・亀戸天神入口に移転開店した草泉堂さんで扱っていましたが、今は扱っていません。ヤフーオークションではたまに裁断済みのものが売られており便利です。拓本用紙は写真のように、名刺入れなどに入れておくと便利です。
 拓本用墨は、書道用品店で湿拓用の墨を購入できます。私は普段は呉竹製(黒)のものを使っています。同じ呉竹から販売されている拓本墨(青系)はべたつきが多くお奨めできません。

 ゴム板と、廃メンチ
 100円ショップなどで「押印用ゴム板」などという名称で販売されているゴム板を準備します。ゴム板には、古銭を置く場所と拓本用紙を置く場所を、あらかじめ決めておくと良いでしょう。こうすることで、いつも決まった位置で拓本を採る事ができます。写真のようにボールペンで印を付けておくとやり易いです。松浦さんの拓本セットに入っているゴム台は少し固いので、100円均一で売られている「押印ゴム」を使うと良いでしょう。
 また、不要になったコインホルダーを中央から切り、ビニール部分はきれいに取り除いておきます。タンポで採拓する際、余白に墨が付着するのを防ぐのに使います。古銭のサイズに合わせて、数種類準備しておくと便利です。私のものは、十年以上使いこんでいるので真っ黒です。

小筆と水の入る瓶
 拓本用紙は、採拓の際に水に湿らせて使いますので、これに用いる小筆を準備します。写真のものは松浦古銭堂さんのセットに付いていたものです。100円ショップ品で十分です。水を入れる小瓶は、なくても構いませんが、あると便利です。100円ショップや東急ハンズなどで同等品が入手可能です。

 これらの拓本用品は、慣れれば紙以外は自作する事ができますが、最初は判らないことが多いため、購入する方が無難です。インターネットで検索しますといくつか見つかりますが、その殆どは、石碑用の拓本用具で、古銭の拓本採りには向きません。古銭用の拓本用具は、僅かな古銭業者さんが販売しており、最初はこれを用いることをお奨めします。販売されている拓本用品は、何れも拓本文化を絶やさないようにとの配慮から、業者さんがボランティア的に販売されているものです。
(1) 松浦古銭堂さん 〒179-0085 東京都練馬区早宮1-52-18-501 電話03-6914-5723
 古くから拓本用具を供給されており、実は私も松浦古銭堂さんのセットから入門しました。問い合わせれば通販してくれます。タンポ1個と、拓本用墨、ゴム板、小筆、拓本用紙大判数枚が入っています。価格はおそらく四千円くらいかと思います。
松浦古銭堂さんから販売されている拓本セット 新品は綺麗です。

(2) 横浜古泉研究会さん 
 タンポ2個(採拓用と押し用)、拓本用墨、ゴム板、小筆、裁断された拓本用紙が入り送料込みで3200円で頒布されていました。平成27年に会主の関康輔さんが鬼籍に入られ、入手できなくなりました。

(3) 岐阜古銭堂さん 〒502-0857 岐阜県岐阜市正木1196‐1 サトウビル1F TEL:058-231-0676
 タンポ2個、拓本用墨、ゴム板、小筆、裁断された拓本用紙が入っています。

A 用具を入手したら準備すること

(拓本用墨)
 拓本採りで最初に失敗しやすいのは、墨の付け過ぎです。
大抵、購入した拓本墨は、そのままでは古銭の拓本には濃すぎます。買ったものをそのまま使うと、大抵、真っ黒となってうまくいきません。拓品墨のフタを開け、墨の上に、ちり紙を折って載せて入れ、ふたをして2〜3日放置し、ちり紙に余分な拓本墨を吸収させます。拓本墨を指で触ると、墨がべったりつかない程度まで、ちり紙を必要に応じ何回か交換して余分な墨を吸い取らせます。
「墨がすっかり吸い取られ過ぎた」くらいの状態のほうが、うまく拓本が採れます。これは前準備として必要なことで、新品をそのまま使うと上手く行かないというポイントです。
 (タンポ)
 タンポですが、新品は丸っこいものです。丸っこいタンポは、慣れないと拓本が綺麗に採れません。大袈裟に言えば、底がぺったんこに潰れている方が、初心のうちは扱い易いです。私のタンポの写真を添付しましたが、左側が未使用の物。右側が使用している物です。両方とも元は全く同じ物です。右側のタンポのように、底が割と平らに潰れた状態が好ましいのです。
  

 タンポは長く使っていますと、自然に潰れてくるのですが、これには時間が掛かります。新品のタンポを水にたっぷり漬けたうえ、上に重たい電話帳などを数日ずっしり載せて、底をぺったんこに潰してみてください。これも新品をそのまま使うとうまくいかないポイントです。

B 拓本の採り方
 前述しましたように、拓本の採り方は人それぞれ多様なやり方があります。ここに示したものはその一例であり、やり易い方法は各位において工夫されると良いでしょう。

(1) ゴム台に古銭を載せ、その上に拓本用紙を載せます。

(2) 拓本用紙を水で湿らせます。写真のように、水で濡らした筆を用いると良いでしょう。写真のように、上端まで水で湿らせた方が、完成した後に紙の歪みが少なくなります。
 

(3) ちり紙で、余分な水を
吸い取ります。吸い取る際に、先ほど示しましたもう一つの押し用タンポがあると便利です。ちり紙は何組か用意して、ちり紙を何回か取り替えて入念に水分を取ります。拓本用紙を古銭に密着させるのと同時に、拓本用紙の水分を良く吸い取っておく事がポイントです。
 
 この水分の吸い取り具合は、意外にも拓本のでき映えを大きく左右するポイントです。
(水分の吸い取りを甘くした場合) 拓本墨の乗りが良くありませんが、出来上がった拓本はしっとりした風合いとなります。別の表現をすれば、拓本はぼやっとした軟調となります。
(水分をすっかり吸い取った場合) 墨乗りは良くなりますが、出来上がった拓本は少々ザラッとした感じとなり、白黒のメリハリの付いた硬調となります。
 どのように仕上げるかは、好みや用途によって調整すると良いでしょう。初心のうちは、
しつこいくらいに水分を取り去っておいたほうが、拓本を打ちやすいでしょう。右上の写真では水分が結構残ったような感じで写っていますが、実際にはカラカラに近い状態まで水気を取っています。

(4) 
タンポに墨を付けます。付ける墨の量はなるべく少なくします。タンポに墨を付けてから、そのまま拓本を打つと濃淡がひどくなります。古銭を打つ前に、拓本用墨のフタなどで空叩きをして、ムラが出ないようにします。
 
 本当は合わせタンポと言い、タンポをもうひとつ準備し、タンポ同士を擦り合わせてムラを無くすものなのですが、これをやっている人はごく少数派です。墨の蓋で十分です。

(5) タンポを紙に打ちつけます。
 

 拓本は打つもので、タンポを拓本用紙にねじりつけるものではありません。一面を採るのに、タンポを30回から40回くらいも叩き、丁度良い濃さになるくらいの感じで行ないます。10回くらいの叩きでちょうど良い黒みになるようでは、墨の付けすぎです。タンポに付ける墨の量は、薄すぎるのではないかと思うくらいが初心の頃はちょうどよいです。拓本を採った後、古銭に墨が付いて汚れてしまっていたら、これも墨の付け過ぎです。
 なお、
拓本を採るとき、タンポはポンポンと打つように使いますが、押すよう行なう人も割と多く、私もその一人です。ただし、タンポを押しながらねじったり擦ったりしてはいけないことは勿論です。
 湿拓用の拓本用墨は油製品ですから、冬季は油の粘度が高くなって墨の乗りが悪く、紙も剥がれやすくなります。寒冷地にお住まいの方は、部屋を良く暖めてから、拓本を採った方が良いでしょう。冬にハンコを押すとき、印鑑を「ハアー」と息で暖めるのは、朱肉の油を温めて少しでも印影の乗りを良くするための庶民の知恵ですが、拓本でも同じことです。
 タンポを叩いている時、普通であれば古銭から拓本用紙が剥がれることはあまりありません。しかし、墨の出来具合や品質は色々ですから、入手した墨がべたついている場合があります。この場合、いくら工夫しても古銭から拓本用紙が剥がれてしまうので、思い切って墨を買い替える必要があります。

(6) 片面を採ったら、紙をひっくり返し、シワを延ばすように軽くポンポンと叩き、裏打ちします。こすると勿論、紙が破れます。
 

(7)不要な雑誌などに5分くらい挟んで乾かし、表面は完成です。
 

(8) 今度は古銭の背面を、上記と同じような手順で採拓します。裏面の古銭を採拓するとき、ゴム板に線が引いてあるとやりやすいです。
         

 裏と表で、墨の濃さが同じになるようにしましょう。最後に本に挟んで乾かし、完成です。

 1枚の古銭の拓本を採る時間は、普通の古銭でしたら、最初のうちは10分以上かかるでしょう。慣れても5分くらいはかかります。私事ですが、10年以上前、某入札誌の拓本採りアルバイトを暫くやっていたことがあります。文字通り朝から深夜まで、どうがんばっても1日200枚程度しか採れず、1枚の拓本を採る時間は3分半より縮まりませんでした。
 本来は拓本の下隅か中央端に、雅号印を押すのが通例ですので、通の方は雅号印を用意して押印すると、雅号印の朱色が良いアクセントとなります。雅号印は自作でき、検索エンジンで雅号印のWebサイトを拝見すると、とても楽しそうで、そちらの世界に嵌りこんで古銭に戻って来れなくなりそうですから、私はまだ雅号印を準備していません。
 出来あがった拓本は、当面は切手用のストックブックに入れておくと見やすく便利です。拓本を貼り込んだ「収蔵品ミニ拓本帳」は、作るのも見るのもとても楽しいと思います。

C その他のポイント
・拓本を採りやすい古銭と採り難い古銭
 初心のうちは拓本を採り難い古銭があります。練習には、濶縁気味の銭が採りやすいです。最初のうちは、
寛永通宝の銅四文銭で練習すると良いでしょう。鉄銭全般、青錆古銭や磨かれた古銭、寛永通宝・文久永宝の称恩賜手のほか未使用銭は、古銭から拓本用紙が剥がれやすく、慣れないとうまく採れません。
・タンポ
 新品のタンポは丸っこいだけでなく布目も強く、拓本を採ると布目がはっきり出てしまいます。要らない布にタンポを擦り、布目を目立たなくする手もありますが、タンポが破れてしまっては元も子もありません。使っているうちに布目は出なくなってきますから、拓本採りを練習している間に気にならなくなります。
・古銭に付いた墨
 拓本を上手に採っても、微量の墨が古銭に付着してしまいます。5枚、10枚を採る程度であれば殆ど問題になりませんが、50枚、100枚と採っていますと、墨が古銭に付着して古銭が汚くなります。五十年、百年と収集家を伝来した珍品の古銭などには、このように拓本汚れしている品が散見されます。他の人が所有している珍品の拓本を採らせてもらう場合には、古銭を絶対に割らないという大前提のほか、このような些細な注意も必要です。

D 応用編
・拓本用紙について
・拓本用墨について
・小泉健男先生の思い出

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