筑波鉄道 筑波線
  
 筑波山を右手に見ながら、常磐線土浦から水戸線岩瀬に至る40.1kmの非電化単線路線でした。古いファンには常総筑波鉄道 筑波線か、関東鉄道 筑波線の方がしっくり来るかもしれません。純然たるローカル線でしたが時には国鉄線から臨時列車が乗り入れる華やかさもありました。
 昭和54年に関東鉄道から切り離され、存続のため幾つかの方策が打たれましたが乗客減に歯止めがかからず、昭和62年(1987年)3月31日限りで廃止されました。   
  
 
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 土浦駅から発車する筑波線列車
 キハ821 岩瀬行き
 昭和62年3月4日

 筑波線は土浦駅にあった切りかけ1番線ホームから発着していました。取手、佐貫、石岡のように独立ホームや改札はなく、いかにも国鉄から間借りしている感じでした。
 キハ821は国鉄から譲受されたキハ10系で、車内もクロスシートのままでした。筑波線の晩年、この車は結構運用に入っていたようです。
 写真左端に、移転前のイトーヨーカドーが写っています。








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 サボと社紋

 筑波鉄道の社紋は、関東鉄道の社紋の中に筑波山がデザインされたものでした。
 列車本数は約1時間に1本で、終点岩瀬まで行かず、途中の真壁止まりの列車もいくつかありました。















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 坂田駅

 虫掛、土浦方の撮影です。















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 加波山をバックに走るキハ761土浦行き
 坂田駅

 キハ761は雄別鉄道からの譲受車でした。















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 真鍋機関区で休む旧型車

 土浦駅と新土浦駅はホームが1面しかなく、交換はできませんでした。このため両駅間の新土浦駅寄りに真鍋信号所が設けられていました。併設して真鍋機関区と広々とした車庫があり、20年前でも珍しかった旧型車が休んでいました。なお、左端のキクハ11は、この写真の撮影後1、2週間位して、廃線直前に解体されてしまいました。
 真中に鉄骨が写っている建設中のビル(現:土浦ケーブルテレビ本社屋)のすぐ右隣に新土浦駅がありました。写真右端が関東鉄道本社屋です。

                   










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 キハ461とキハ541
 真鍋機関区

 キハ461は旧国鉄キハ04系、古臭い荷台がなんとも魅力的なキハ541は北陸鉄道からの譲受車です。
 両車輌とも筑波線の晩年には殆ど動いておらず、真鍋機関区で休車状態でした。
 幸いキハ461は保存され、近々開館する鉄道博物館(大宮)へ納まる予定です。










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