羽根田利夫氏と羽根田・カンポス彗星
               
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  私の手許には、40年近く前に誠文堂新光社が刊行した「私の新彗星発見記」という、1冊の単行本があります。彗星発見の体験記20編が収められており、戦後のアマチュア天文界の隆盛がうかがわれる書です。彗星発見に至るまでの著者の半生が織り交ぜられている編も多く、単なる発見記以上にずしりと重い文ばかりです。
 この書の巻頭を飾る発見記は、「ハネダ・カンポス彗星発見記(羽根田利夫氏)」という一編で、彗星発見の感動がとても生き生きと伝わってきます。私がこの本を手に取ったのは、羽根田・カンポス彗星の発見から大分経過した昭和57年夏でしたが、当時多感な年齢だったこともあって非常に感銘を受けた記憶があります。
 羽根田利夫氏はご幼少のころから天文に興味を持たれ、1938年(昭和13年)から断続的に彗星探索を行なってきました。戦前、都内で探索中、ゴーストを彗星と見誤り打電されたという、たいへん苦いご経験もあったそうです。苦節四十年目の1978年(昭和53年)9月1日、この日の宵は曇りがちで、羽根田利夫氏は観測をせずに部屋で読書をしていました。ところが羽根田利夫氏が偶々立ちあがった時、いつも観測に同行する飼い犬コロちゃんが、しっぽを盛んに振って観測所に行こうとせがむので、羽根田氏はしぶしぶ観測に出かけたといいます。半ば曇天の中捜索を行なっていたところ、羽根田利夫氏はけんびきょう座に10等級の新彗星を見出しました。少々の紆余曲折を経て、この彗星は「羽根田・カンポス彗星」と命名されました。発見時の羽根田利夫氏の年齢は何と69歳になられる直前で、羽根田利夫氏は一躍世界最高齢のコメットハンターとして注目され、そして現代の花咲か爺さんとしても話題になったといいます。羽根田・カンポス彗星は「おじいさんが見つけた彗星」として、天文ファンや研究者の脳裏に刻み込まれることとなりました。

 大変幸運なことに、後に私は羽根田利夫氏の遠縁にあたるK・Hさんという方と出会い、K・Hさんのお陰で1984年(昭和59年)12月27日に羽根田利夫氏にお会いしてお話を聞くことが出来、1985年(昭和60年)12月27日には羽根田利夫氏方を訪問する機会を得ました。それは私にとって、熱烈な巨人ファンが長島監督の家を訪問するようなものでしたが、羽根田さんのお話のメモも取らず、持って行ったカメラに入っていたフィルムは白黒フィルムだったという、今から思うと大失敗でした。

 羽根田さんとは、訪問後に手紙のやりとりが少しありましたが、私が筆不精だったためそのままになってしまいました。その後は時々Hさんから、羽根田利夫氏の近況を断片的にお聞きする程度でした。特に、2回目の回帰が予測された1991年(平成3年)、Hさんと共に参加した天文イベントで国立天文台の故磯部先生にお会いしました。このときHさんが「羽根田さんが御年を召され、体も弱ってきました。羽根田さんは羽根田・カンポス彗星の再発見を本当に心待ちにしていますので、関係部署の方に宜しくお伝えください」と依頼されていた事を思い出します。羽根田利夫氏は、カンポス氏とともに彗星の検出を誰よりも心待ちにしていた筈でした。しかし羽根田利夫氏は1992年(平成4年)3月8日にお亡くなりになりました。羽根田・カンポス彗星も、現在まで再発見されることはありませんでした。関勉氏のホームページには、ある夜、関さんの夢枕に犬を連れた老人が現れ、「関さん、彗星を見付けて下さい」と語ったというお話が出ていますが、羽根田さんはまだ、羽根田・カンポス彗星を探して、さまよっておられるのでしょうか...

 時移り、羽根田さんが亡くなられて十余年が経過した2007年(平成19年)秋、ホルムス彗星(ホームズ彗星)のバーストはマスコミにも取り上げられ、天文ファンは大いに驚かされました。この彗星は19世紀末に発見されたときもバーストしていたようです。バースト癖のある彗星... 何十年後、何百年後になるかは判りませんが、羽根田・カンポス彗星もいつか必ず、再びバーストを起こして世人を驚かせる日がやって来るものと、信じて止みません。

 早いもので羽根田・カンポス彗星の発見から、既に40年が経過しました。羽根田利夫氏のご活躍についてはWeb上でも他に多くの掲載があり、御家族である羽根田ヨシさん御執筆の私家版「星の彼方に夢を求めて」には、御家族ならではの大変詳細な記載があります。ここでは、羽根田さんの静かな御人柄を偲びつつ、「羽根田利夫氏訪問記」を私なりにまとめてみました。

                         羽根田利夫氏訪問記


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                                        羽根田・カンポス彗星 写真提供/羽根田利夫氏
                            (撮影は別の方の可能性があるようです)


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