文久永宝の魚子地について
文久永宝の深字降久の面地には、魚子地(ななこぢ)と呼ばれる針で突付いたような独特のブツブツが鋳出されていることが知られています。これは小さな凹点の集合で、原母銭の仕上げ時にこの凹点が付けられたものと推測されます。
文久永宝 深字降久
通用銭
魚子地仕上げは、寛永通宝四文銭の仙台銭母銭にも見られるもので、このほか、あまり知られていませんが、文久永宝の直永進点永もこの魚子地仕上げがされています。寛永通宝仙台銭と文久永宝深字と直永、三者の系統は異なっていますが、同一人物、または同一家系の母銭仕上げ職人が当品類の原母銭製作に関わった事が示唆されます。寛永通宝仙台銭では、面背ともに見られる魚子地ですが、文久永宝では面のみに見られるという違いもあり、非常に興味をかき立てられます。
魚子地とは本来、工芸分野で江戸期から使われている意匠ですが、工芸における魚子地は本稿で取り上げた文久永宝や寛永通宝のブツブツとは全く異なるものです。但し、寛永銭や文久銭の魚子地は、鋳造プロセスの都合や目的で付けられたのではなく、見た目の美しさを創出するためと推測され、この点では工芸品の魚子地と軌を一にするものと考えられます。
寛永通宝の削頭千や千刮去の母銭の魚子地は、ブツブツが比較的大きく、あまり密集していないため、削頭千母銭と千刮去母銭を並べて置き、両者のブツブツを肉眼でも追跡することが可能です。両者のブツブツは、同じ所に同じものがあり、見事に一致することが知られています。ところが文久永宝の魚子地は、寛永通宝仙台銭の魚子地と比較すると小さく、しかも密集して沢山あるため、降久を複数並べて、ブツブツが同じ場所にあるか否かを確認するのは非常に困難です。拡大写真を撮影して比較してみても、いまひとつ結論は出ません。
なお、文久永宝の細字類(細字、細字垂足宝、細字跛宝刔輪、繊字など)の面地にも、不明瞭ながら魚子地に似た凹点模様が観察されます。さらに、進点永以外の直永の一部にも認められます。この細字類の凹点は、降久や直永進点永の魚子地と比べて大きく、密度も疎らで、寛永銭の魚子地に近いものです。残念な事に当品類の母銭は殆ど現存していないため、これが母銭から伝鋳された魚子地か、または単に鋳砂に由来する模様であるかについては結論が得られていません。この細字類の地模様は、背には殆どみられないことから、原母銭に意図的に付けられた魚子地の可能性は高いものと私考しています。
寛永通宝 仙台銭削頭千 母銭 文久永宝 直永進点永 通用銭
文久永宝 細字跛宝刔輪 通用銭 左の銭 斜めから撮影
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